弘前ねぷた史 戦後〜昭和40年代 全国で注目され始める「弘前ねぷた」 |
年 代 | 弘 前 市 一 般 史 | 弘 前 市 ね ぷ た 史 | |
昭和20年 |
1945 | 終戦 | |
21年 |
1946 | ねぷた祭り復活(以後毎年恒例の行事に)、ねぷた喧嘩はなくなる | |
22年 |
1947 | 「弘前観桜会」復活 | この年、ねぷた審査を行う |
天皇陛下 東北御巡幸で弘前に御宿泊 | 水害の被害から県より天覧の自粛指示があったが、旅情をお慰めしたいという熱烈な | ||
(弘前公会堂 現市役所隣り) | 市民的感情から、二組のねぷたをご覧に入れる | ||
東宝映画「幸福への招待」のシネマロケがあり映画に初めてねぷたが登場する | |||
23年 | 1948 | 弘前大学開学 | |
25年 | 1950 | 朝鮮戦争勃発による「特需景気」 | ねぷたが100台以上出陣する |
ねぷたが接触し切断された電線に触れ、見物人が感電死する事故が発生する | |||
26年 | 1951 | 弘前青年会議所創設 | ねぷたの大きさ「高さ18尺、幅12尺、電線に支障あるものは上部を折り畳み式とする」と規定 |
28年 | 1953 | 「ラジオ青森」弘前支局開設 | |
30年 | 1955 | 中津軽郡11ヶ村を弘前市に合併 | |
31年 | 1956 | ねぷた祭り期間を新暦(8/1〜7)とする | |
34年 | 1959 | 弘前市制施行70周年 | 初めて弘前市役所がねぷたを出す |
NHKテレビ青森放送局開局 | |||
「ラジオ青森」テレビ放送開始 | |||
35年 | 1960 | 市立弘前図書館、公園内へ新築移転 | |
36年 | 1961 | 「弘前観桜会」を「桜まつり」と改称 | |
37年 | 1962 | 「菊ともみじまつり」始まる | |
39年 | 1964 | 津軽華子さま御来県(東京オリンピック) | 津軽華子さまの郷土入りをお迎えし、弘前ねぷたをご覧にいれる |
40年 | 1965 | 常陸宮御夫妻御来県 | |
41年 | 1966 | 青森県で全国高校総体開催 | NHK連続テレビドラマ「おはなはん」で弘前ねぷたのシーンも登場する |
皇太子御夫妻御来県 | |||
42年 | 1967 | NHK「ふるさとの歌まつり」で弘前ねぷたが紹介される | |
43年 | 1968 | 弘前市制施行80周年 | |
44年 | 1969 | ATVテレビ放送開始 | |
45年 | 1970 | 弘前観光協会「津軽情っ張り太鼓」を企画・製作する | |
46年 | 1971 | 弘前ねぷた祭り盛況(人出65万人)、ねぷた台数は戦後最高の70余台 | |
陸奥新報社が市民参加の棟方志功筆のねぷたを出す | |||
47年 | 1972 | 東奥義塾高校が開学100年を記念しねぷたを出す(見送り絵『踏み絵の図』) | |
〜この頃盛んにねぷた祭りがテレビで全国生中継され、注目されるようになる | |||